自治体学会設立の経緯

 田村 明(元・自治体学会代表(故人))が2004年に書かれたものです

○ なぜ自治体学会が生まれたか

 

 日本の自治体は、戦前はもちろん、戦後民主主義国家に改革されてからも、その名に相応しい充分な自治的政策能力を持っていたとは言えない。戦後の自治体 は、民主主義の母として意味付けられたはずである。ところが実態を見ると、相変わらず、中央官庁のタテワリ的な施策の下請け機関に留まっていた。

 しかし、1960年代の高度成長期になると、生産偏重の施策が環境を汚染し、人間性や地域の個性を無視してきたために、地域住民や自治体から反発が起き た。一部の先進自治体では、立ち遅れた公害対策や乱開発に対して、中央官庁に頼らず住民の立場から独自な政策を展開する。また、個性的な地域づくりの動き も始まった。

 1973年のオイルショックを経て「地方の時代」が提唱され、1980年代には、多くの自治体が、地域の実情をもとに、主体的に施策を展開するようになる。

 こうした時期に、1984年10月、神奈川県の呼び掛けで独自な政策を進めている自治体を集め「自治体政策研究交流会議」 が開かれた。柳川の掘割埋立てを止めさせ清流に戻す実践の報告など、会は熱気に溢れた。今後会議を継続させ、交流を続けるようにという意見があった.ま た、こうした会には担当者は集まるが、人事異動によって職務が変わると参加できなくなる。そこで、現在の職場に関わりなく、個人として参加し、学者、研究 者、市民も加えた「自治体学会」といったものがつくられるべきだという発言が出される。支持者も多く、次の機会までに検討を進めることになった。

 

 

○ 学会成立までのいきさつとその仕組み

 

 この頃、いろいろな方面で、自治体を対象にする学会を作ろうという動きがあり、幾つかの学会が設立された。「自治体学会」も、始めは大物の学者を中心に 呼び掛けようという声もあった。しかし、そうした学会になると、先の「自治体政策交流会議」に出席した人々の大部分は排除されてしまう。

 それに、自治体にかかわる個別の問題についての専門家は多いが、総合的な存在としての自治体の専門家はいないし、「自治体学」というものが存在するわけではない。自治体はあらゆる生活の分野を総合的に含む。専門分化しすぎた現在の学問体系を寄せ集めるだけでは充分でない。「自治体学」の可能性を議論し、あるべき姿も検討すべきである。

 自治体の問題は、まずそのトータルな実態から入っていくことが必要である。そこには専門に分化しない前の生きた自治の姿と課題がある。こうした実態に入 るとなると、学者・研究者だけでは手に負えない。実務を踏まえた自治体職員や、市民が必要なのである。

  すると、「自治体政策交流会議」に集まったような人々こそが、新しい学会の主体になるべきである。浦和で開かれた第2回の交流会議で「自治体学会設立準備 委員会」が発足する。この準備委員会は、参加したいという人全員を含む草の根的な取組としてスタートした。ただ一応会の纏め役と代表がいるということで、 自治体職員を辞めてからまだ日が浅い私と、関西に住み市民的な立場に立つ日経新聞の塩見譲氏の二人が選ばれた。

 その一年後の1986年5月には、横浜で設立絵会が開かれる。 組織は理事という硬い名称でなく運営委員とし、全国を11のブロックに分けた地域から複数の委員とその他合計45人で運営委員会を構成する。また、会長・ 副会長ではなく、3人の代表運営委員を置くことにした。代表には、準備委員会時代からの二人に東大の西尾勝教授が加わった。市民も職員も学者もともに平等 な資格で集まるという姿を示したものである。

 

 

○ 学会はどんな活動をしているか

 

 自治体学会が生まれたのは、このように、上からの声で設立されたのではなく、

地域で地道に実践を行っている草の根的な人々の手によって生まれた。すでに、全国各地できまざまな活動や勉強会などが行われていた。だから、自治体学会を特に名乗らなくても、その活動や研究こそが学会の母体であり実態なのである。

 学会としては、そのネットワークをつくって相互交流をはかり、必要な情報を提供し応援をする。年に1回の総会・大会と学会誌の発行を行い、年6回のニュースレターを発行している。また、地域ブロックごとにも、いろいろなテーマで集会が各地で開かれる。例えば「日本列島どまんなかの会」というのが、愛知と長野の県境の山奥で持たれた。

 大会は、これまで、徳島市、仙台市、熊本県、大阪府、北海道帯広市、金沢市、東京都、松江市、上田市、那覇市、高崎市、伊勢市、倉敷市、長岡市、函館市、郡山市、大津市で開かれ、本年(2004年)は千葉県千葉市で行う予定である。

 また、学会の大会と「政策研究交流会議」とは、始めのいきさつから、毎回相互乗り入れ型で同時に行われている。「交流会議」のほうは自治体の組織としての会議であり、「学会」は個人としての集まりだが、もちろん両方に出席できる。

 学会誌も毎年、審査付の公募論文を含めて発行されているが、自治体学を模索しながらも、理論水準を高める努力を続けている。

 

 

○ 学会の特徴と意義

 

 自治体学会は様々な特徴があるが、その第一は従来の学会と違って、自治体の実務者が中心になっていることである。理論が先にあるよりは、実務の実践とい う現実を踏まえながら、そこに甘んずることなく、自治体のあるべき姿とそこへ至る課題を探究する。その裏付けになる新たな理論や手法も研究される。実務の なかから理論が生まれ、理論は現実の実践に結びつくことを指向している。このような理論と実践の統合を目指す新しい生きた学問の可能性を探る学会は、これまでにないものだろう。

 自治体にはあらゆる課題があるが、それらは互いに絡まりあい、単純に事務・技術という区分では解決できない。最近は、いわゆる学際的な学会も多く生まれ 結構なことだが、学際と言うと始めから既に確立した学問分野の存在が前提になってしまう。自治体学会では、学際的という言葉を意識しては使わない。もちろ ん、学会員には異分野の学会の有力な研究者もいるが、ここでは理科系・文科系という従来の区分けによらず、自治体の生きた実態からスタートし、自ずと専門 を越えた繋がりが生まれることを期待している。

 会員は現在約2000人だが、学会の性格から見ると、 あらゆる人々が入会する資格を持つというこれまでの学会にはない特徴がある。それだけに、会員の一人ひとりにはさまざまな異なる関心や期待・意見もある。 これを纏めてその期待のすべてに応えることは極めて難しい。だが、私はそのような多様性を包含しながら、地域の自立と自治を目指す共通の意欲を持つ人々が互いに集まり、経験を交流し協働することに意義を見出したい。

 自治が民主政治の基盤であることはもちろん、今日のように国際化や情報化が進み、社会の揺らぎが激しい時代では、人々のトータルな生活基盤としての自治体の意味が、ますます重視されなければならないからである。